朝日新聞2003年5月31日(土)夕刊掲載
再出発 ジャズの音色が後押し

 大阪市北区堂山町の歓楽街。雑居ビルの1階に、ジャズCD専門店「ミムラ」はあった。奥行き6メートルほどの細長い店内に約2千枚のCD。穏やかなピアノトリオが流れていた。
 飛びこみの客が言った。「ジャズだけの店なんて大丈夫?」。「ぼくも無謀やと思うてるんです」と、店主の三村晃夫さん(44)がにこやかに返した。ドアガラスに張られた「ジャズの専門店 ミムラ」の文字は、落語家 桂南光さん(51)の直筆だ。
 三村さんは老舗のCD販売店「ワルツ堂」に20年近く勤めた。客の質問に親身に答え、入手が難しい商品でも気軽に取り寄せてくれた。「カリスマ店員」と呼ばれた。
 昨年9月、ワルツ堂は経営に行き詰まって倒産した。
 一家6人の大黒柱。長男の高校進学も迫っていた。職業安定所に通ってみたが、転職先は見つからない。焦っていた時、常連たちから「独立」を進められた。南光さんもその1人だ。
 一緒にジャズライブに行ったり、独演会に招かれたりする間柄。弱気になっていた自分を喫茶店に呼び出し、よく励ましてくれた。「あっ、ここのビルどうですか?空いてるんちゃいますか」。帰る道すがら、肩を何度も押された。
 開店の3月1日は土砂降りだった。でも、開店の30分前、お客さんが1人待ってくれていた。昔なじみの顔が次々にやってきた。傘立て代わりの段ボール箱から水があふれかけた。
 「ぼくからジャズを取ると何も残らない。資格も技術もないぼくには『免許証』のようなもんです」
 台風4号が駆け抜けた週末。ミムラのドアを季節はずれの強風がたたいた。
(山平慎一郎)


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